家でしかできない楽しいこと【もう、誰も悪くないよね】
「外出できないのか~」って言うとなんかネガティブな感じだけど、「家でしかできない楽しいことってなんかないかな~」って言うとなんだか楽しくなってくる。
今回は、「家でしかできない楽しいこと」そして、私が今できることについて考えていこうと思う。
私が今思いつく「家でしかできない楽しいこと」⇓
・絵を描く
・本を読む
・論文を読む
・ひそかに筋トレ
・将棋
・モノを減らす
はじめに
まず、どうせやるなら、あとあとの自分にとってプラスになる楽しいことの方がいいよね。
ユーチューブもやるなら、みるよりも、撮影して編集してってやる方が、できることが増えるて、プラスになると思う。
上に挙げた、「家でしかできない楽しいこと」も、後々プラスになりそうなものを挙げてみた。
「家でしかできない楽しいこと」の効用
・絵を描く
⇒言葉では伝えられない何かを、伝える手段ができる
想いを言葉だけで伝えるのには限界があります。絵や音楽など、芸術に触れるいい機会かもしれません。
・本を読む
⇒知識が増える、思考力が高まる、ものごとの観方が変わる
読書の効用に関してはいろんな本や記事で書かれてるので検索してみてください。
・論文を読む
⇒深い知識が身につく、嘘の情報に惑わされにくくなる
私の場合は卒論もあるので、専門分野の論文を読みます。
「興味のあるキーワード+論文」や「興味のあるキーワード+J-STAGE」などで検索すると面白いです。
・ひそかに筋トレ
⇒健康維持・増進、ムキムキになる
自粛の必要がなくなって、久しぶりに人に合って「ムキムキ」だったらなんかいいよねっていうシンプルな理由です。筋トレ本はAmazonでも買えるので一冊買って挑戦してみてはどうでしょうか?
・将棋
⇒頭を使う、集中力が身につく
今だとスマホでもダウンロードできるので、一人でも気軽に挑戦できます。
・モノを減らす
⇒モノが減って部屋がスッキリする、頭がスッキリする
モノを減らす過程で「必要・不必要」を考える力が身に着きます。例えば、、、国がマスクを二枚ずつ配布することの是非に関して一生懸命考える時間は自分にとって“必要”でしょうか?なぜ、こんなに緊急事態にも関わらず、現金の支給ではなく、見かけ上の予防策「マスク配布」に陥ってしまったのか。そんなにお金が大事なのか?お金っていったい何なのか?じゃあ果たして自分は最も良いお金の使い方ができているだろうか?→考える“必要”があること、考えなくてもいいこと、この判断ができると時間の使い方も大きく変わってくるんじゃないかな。
私の現状
今回この記事を書いている私は、大学生。春休みで、講義開始もコロナの影響で延期になった。
つまり、外出を強制されない、比較的気楽な人間。(就活以外の面では)
だから、こうして「家で何しよっかな~」って、考えてられる。
だけど、家で電気をつけて、お腹すいたらガスコンロでチャーハンつくって、お風呂入ってってゆう日常を送ることができるのって、それらを供給してくれる人がいるからだよね。
医療機関だって、ネットショッピングだって、スーパーだって働く人がいなくなれば、すべてがストップする。
誰も悪くない
そんなことは分かってる。だけど、外出自粛しないと感染が広がってしまう。死者が増えてしまう。
このジレンマから抜け出すことは正直難しい。
ウイルスという相手は、別に人間が悪意を持って生み出したものではない。
完全に、自然災害。
加害者がいないのに、被害者が生まれる。
誰も悪くないのに、嫌な思い、哀しい思い、苦しい思いをする人が生じてしまう。
おわりに
誰も悪くないのに、被害者が生まれる。
自然災害だけじゃない。
悪気なく人を傷つけてしまう。
そんなつもりはなくっても、人を哀しませてしまう。
いろんな不運が重なって、家族に経済的に苦しい思いをさせる。
誰も、意図してそうしたわけではない。
誰も、悪気があってそうしたわけじゃない。
あの人が悪い、あの人のせいだ、あいつが責任をとるべきだ、って言ってても何も解決しない。
もう、「誰も悪くないよね。」って言って、一人一人ができることに注力することが、この危機を乗り越える最善の方法なんだと思う。
私ができること、「家でしかできない楽しいこと」を考えること。
そして、それを楽しむこと。
打たねば鳴らぬ、打てば響く。
ことわざ
ー 何もしなければ、何も変わらない。ー
今日の一言